どうして本名を名乗れないの?(2)
2008.06.25 Wednesday | by chikyumaruz
文:パッハー眞理(ウィーン・オーストリア)
ある平和な春の日……
私と親友の京子は東京にあるとある高校の教室で、授業なんぞそっちのけで名前リストをつらつらと書いていた。将来結婚して女の子が生まれたら?ということを前提として、ふたりで名前をつけるのはとても面白いことだった。少なくとも今先生が説明をしている古典よりはずーっと役に立つことであった。
「眞理の理をとって『亜理沙』なんてステキじゃない?」
京子が言うことはいつだって的を射ているから、女の子の名前は『亜理沙』に決まった。
それから10年後、私は故郷オーストリアで結婚をし計画どおり女の子を産んだ。
そしてオーストリア人の夫も大いに気にいってくれたものだ。
ただ気にいってくれない所があった。それは戸籍係り。オーストリアはカトリックの国。365日、カレンダーには聖人の名前がついている。
たとえば8月11日は聖クララの日というように。
その聖人名前リストにはアリサはない。だから提案としてアリスはどうかということだった。私はまだ産院にいたし、戸籍係りへ登記に行ったのは夫だけだった。彼も色々粘り『亜理沙』はだめかと聞いたのだが、何回聞いても答えはノーだった。そんなこんなで私たちはお腹の中にいる時から『亜理沙、亜理沙』と呼びかけていたのに、出生証明書にはアリスと記入するはめになった。
京子が私の「理」までわざわざ入れてつけてくれたのに、とっても残念なことだった。もう自分の名前を名乗れないのは私だけでいい加減十分!と腹だたしく思ったのも事実である。日本へ帰ると皆から「亜理沙ちゃん」と呼ばれて、本人も自分が亜理沙と思いこんでいた。そう……幼稚園に入るまでは。
やがて3歳で幼稚園に入ると、先生は出生証明書どおりに「アリス」と呼ぶし、文房具をはじめ、幼稚園で使うもの全ての道具にもそう書かれてしまった。驚いたのは本人だ。
「ママ、私は亜理沙って言う名前なのに、皆幼稚園でアリスって呼ぶのよ?」と不思議そうな、そして困った顔をしている。仕方なしに自然の成り行きにまかせていたら、日本の親戚の間では「亜理沙」ウィーンの学校では「アリス」と呼ばれていった。
「どいつもこいつも親が真心をこめてつけた名前を受理しないなんてどうなっているんだ!一体何の権利があって私の名前といい、子どもの名前までも役所が管理するのだ!」
といつまでも怒りがおさまらない。二人目に男の子が産まれた時はもういい加減面倒になりAから順番に「アンドレアス」にした。へん、ざまーみろ!
即受理された。
≪パッハー眞理/プロフィール≫
山羊座で0型。ウィーンで生まれロンドンでピアノの修行をした。
珈琲が大好きなライター。最近はスリランカのレシピをゲットして色々料理を楽しんでいる。美術館が憩いの場だ。美術品は下手な音を出さないのが気に入っている。大学生の一男一女の母親でもある。