孵化寸前のアヒルのたまご、ホビロン(ベトナム)
2008.02.10 Sunday | by chikyumaruz
文・写真:平林豊子(日本・東京在住)
「孵化寸前のアヒルのたまご、“ホビロン”がウマイよ。あれは絶対に食べておくべき!」
ベトナム旅行に行く前に、旅人仲間から得た情報である。現地においては現地のものを、を基本としている私と相方は、「それは珍しい。ぜひ食べておかねば」と食べたいものリストのひとつに数えて、それは楽しみにしていた。
ベトナムでは首都ハノイから南のホーチミンまで下っていったが、なかなかホビロンにお目にかかれない。ベトナム一の都市、ホーチミンならばきっとあるのだろうと気楽に構え、ホーチミン入りしたものの、やはり、どこにも見当たらない。
市場では、“鶏をゲージに入れずに売ってはだめ”、だとか、“たまごをむき出しで売ってはだめ”、といった看板が目に付く。「むむ、ひょっとして鳥インフルエンザの影響でホビロンも消えてしまったのか!?」という懸念がむくむくと頭をもたげてくる。
市場でショッピングをし、近くにあったきれいなレストランに珍しく入ったら、英語のメニューが置いてあった。そして、そこにはアルファベットで“ホビロン”と読めるメニュー名が!
「おお! ついに発見か!」と相方と喜び合い、オーダーすると、果たして答えは「今はやってない」なのであった。理由を尋ねると、「Because of sickness」だという。要するに、鳥インフルエンザ流行の影響で自粛中なのであろう。
あちこちで「ない」と言われ続けてもうあきらめかけていた頃、ハマグリを肴に一杯やろうと、前に蒸しハマグリを買った屋台にまた出向いてみた。すると、小汚いガラスケースの中に、たまごらしきものの姿が見えるではないか!
……「ホ、ホ、ホビロン!?」。たまごを指差す私。
「イエス」。うなずく屋台のオバちゃん。
あったぁ〜〜!! 念願のホビロン、ついに発見だ。さっそく相方とひとつずつオーダーし、テーブルに着く。たまごに触れるとじんわりと温かい。オバちゃんがたまごの頭をコンコンと叩いてヒビを入れ、上のほうだけ上手に殻を取ってくれた。そこまではよかったのだが、ホビロンの中の汁をたまご立てにあけてコショウを振り、さあ飲め、という。予想外の展開に面食らいつつ、スープにそっと口を近づけてみる。鳥だからダシは出ているのだろうが、なんだか生臭い気がして気持ちが悪い。相方はウマイウマイと全部飲み干してしまった。
さあ、次はいよいよ中身へ突入だ。黄身の部分はゆでたまごと同じような感じで普通に食べられる。しかし、問題は白身である。いかんせん見た目がグロい。孵化寸前なため、羽がすでにできあがっている。内臓が見える。血管も走りまくっている。しかもすべてがぬらぬらと濡れて気味悪く光っているのだ。
暗がりの中、屋台のオレンジ色の灯りに照らされて浮かび上がるその濡れた血管やら羽やらのグロテスクさにすっかり恐れをなしてしまった私。ふた口ぐらいは口にしたが、食感もアウト。これは羽だ……と舌が判別できるので、気持ち悪さが先に立って飲み込めないのだ。完敗である。
一方、相方は一応「グロいな〜」などと言いはするものの、全部食べている。なんてやつだ、どこでも生きていけるなコイツ、とあきれた目で相方を見やる私。しかも、レストランのお兄さんは、「あんなもの僕たちは食べないよ! 男が食べるもんじゃないよ」なんて言っていたのに。
すっかり試合放棄してグッタリしていた私のところに、宝くじ売りのおばあちゃんが来た。「外国人なんだからクジなんていらないよ〜」と断っても、ベトナム語で何やらしつこく言ってくる。そのときに、「ホビロンは女性に人気がある」とレストランで聞いたのを思い出した。私の食べかけのホビロンを指差し、食べる?とジェスチャーで聞いてみる。おばあちゃんは嬉しそうににっこりとし、その場にしゃがみこむと、あっという間にきれいに食べ尽くしてしまった。たまごを逆さまにして、最後に残った汁をすすることも忘れずに。
ちなみにこのホビロンのお値段は、ひとつ3000ドンだった。日本円にしてわずか23円である。23円でこのホラー的エンターテイメントが楽しめるのであれば、たとえマズいとしても(少なくとも私にとっては)、体験してみる価値は大ありだといえる。みなさんも、ベトナムにお出かけの際にはぜひ試してみてはいかがだろうか?
私は、もう、遠慮しておきますが……。
≪平林 豊子/プロフィール≫
旅するエディター&ライター。年に一度、ひと月の休みをとって旅に出かけることを楽しみにしている。現在、アジアンテイストなファッションが好きな人のための『WE LOVE ASIAN FASHION』という本を編集・執筆中。2008年4月4日発売予定。