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名前に取り憑かれて
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    『国際結婚・笑える名前』
    文:夏樹(フランス・パリ在住)

     夫の同僚に、クレタンさんという女性がいる。クレタンというのは、仏語では「馬鹿、低能」という意味だが、名前とは反対に、彼女は優秀な社会学者だ。

     また、うちの隣のアパートには、ネアン氏という不思議な人物がいる。ネアンというのは「虚無」「無価値」という意味である。「虚無」氏はいつも松葉杖をついていて、アパートの入り口の前で誰かが通るのを待っている。そして、通りすがりの人に頼むのだ。「申し訳ないのですが、身体が不自由なもんで、ドアを開けていただけますか?」ちょっとはにかんだような、薄い笑みを浮かべて。

     しかしある日、地下鉄の駅で、ホームに停車していた電車に乗るために、ものすごい勢いで階段を駆け下り、猛ダッシュして来る「虚無」氏を見かけてしまった。松葉杖持っているのに……

     この話を、「虚無」氏と同じアパートの住人のひとりにしたところ、彼は笑って言った。
    「ばっかだな、本当にあいつが足が悪いなんて信じていたの? 松葉杖がなかったら、誰にも相手にされないような奴さ」

     いったいどういう経過を経て、「虚無」氏は身体が不自由な人を装うようになったのだろう? 松葉杖を手にすると、みんなが親切にしてくれて、「存在」することができるようになるのかしら? そう考えると、もし、彼が「虚無」なんていう名前でなかったら、別の人生を歩んだかもしれないと考えざるをえないのだ。

     ネアン氏のように名前に乗っ取られる人もいれば、クレタンさんのように名前を超える人もいる。しかしどちらにしても、名前に取り憑かれた人生であることに変わりはない。

     私の本名は咲耶だ。古事記にある「木の花咲耶姫」に由来するにもかかわらず、こどもの頃は「さくやはくさい」といって、囃(はや)し立てられた。フランスに来てからは、「さく」というのがフランス語では男性の身体の一部をさすことから、さんざん笑われた。

    「その名前、フランス風に変えたら?言いにくいし、憶えにくいもん。『サビーヌ』とか?」こう勧められたことがある。
     
     私の中に、憤りのようなものがこみ上げた。夫のはなしを思い出したのだ。「うちのおばあちゃんは、女中さんはみんな、『マリー』って呼んでいた。たかだか女中の本名なんて憶えるに値いしないって言ってね」
     
    「なめてもらっちゃ困るわ。あんたたちが憶えやすいようにって、自分の名前を変えたりなんてしない!」

     気がついたら、私も名前に取り憑かれて、「困難な人生」を選んでいた。「サヤカ?」「サキヤ?」「セイコー?」と毎回まちがえる輩を相手に、憶えるまで、何度でも「サクヤだったら!」と繰り返す毎日を。


    ≪夏樹(なつき)/プロフィール≫
    フリーランスライター。在仏約20年。パリの日本人コミュニティー誌「ビズ・ビアンエートル」や日本の女性誌に執筆。



    カテゴリ:『国際結婚・笑える名前』 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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