「エスプレット唐辛子(Piment d'Espelette)」
2007.10.10 Wednesday | by chikyumaruz
文・写真:マイアットかおり(ビアリッツ・フランス)
かわいい小瓶は存在感のある赤と緑の文字のラベルが印象的。これはバスク産の唐辛子。エスプレットはバスク (かつてはバスク国として栄え、現在はフランス南西部とスペイン北西部に分断) でもフランス側の小さな村の地名である。ここでとれる唐辛子はたっぷりの甘みにピリッと辛みが効いて、香ばしい。
フランス料理の中でも特にバスク料理は日本人の口にあうものが多い。そのひとつがこの唐辛子。伝統的バスク料理といえばほとんどこのエスプレット産唐辛子、"ピマン・ド・エスプレット"が使われているといっても過言ではない。肉料理や魚料理の仕上げにお皿の周りをふちどるように、アクセントとしてふんだんに取り入れられている。
単に色づけに使われるだけではない。料理のコクや味の引き立て役としてバスクのキッチンには欠かすことのできない調味料のようだ。バスク料理に使われるトマトのソース、Piperade(ピぺラド)は、普通のトマトソースとどこが違うかといえば、やはりこのエスプレット唐辛子の風味が生きているのだ。バスク料理の定番Poulet Basquaise (バスク風チキン煮込み) にも、そしてあらゆる料理に使われている。
育てたことがある人は分かると思うが、ピーマンは育成がそれほど大変な野菜ではない。ある程度の広ささえ確保できれば、夏にはかなりの収穫が見込める。かといって種が手に入りさえすれば誰でもこの唐辛子が作れるかといえば、それはまた話が違うのである。フランス産ワイン、チーズと同様、唐辛子には原産地呼称統制(AOC : Appellation d'Origine Controlee)が敷かれ、もう日本語では一般化してシャンペンと言われているあの発泡酒も、シャンパーニュ地方のものしかシャンパーニュと呼ぶことが出来ないように、エスプレット周辺地域でつくられたものでなければピマン・ド・エスプレットと呼ぶことはできない。これは原産地と品質を守ろうというフランスが厳しい基準を課している認定システムであり、これをクリアしなければAOCという印をラベルにいれることはできない。逆に言えばAOCラベルのついた製品を買い求めるときは安心してよいのだ。
ところ変れば品変る、できる野菜も土が違えば味も姿も異なってくる。丸みをおびたエスプレット産ピーマンはちょっと大きめで肉厚。畑が違えば辛さも違うようで、それほど辛くないラベルのものもあれば、辛いものもある。最初は日本の辛〜い唐辛子と比較して物足りなく思っていた私も、最近ではどのラベルが辛いか識別できるようになり、辛さが好みのラベルも見つけ、キムチを漬けるのにも使用するほどになった。バスクの人間がこだわりにこだわるこの調味料は、今や私のキッチンにもなくてはならない存在になりつつある。
※こちらはエスプレット唐辛子組合のサイト。歴史、製造、AOCの範囲についてなど細かく掲載されているので唐辛子好きの人必見。残念ながらフランス語のみ。http://www.pimentdespelette.com/wordpress/
≪Kaori Myatt(マイアットかおり)/プロフィール≫
翻訳・フリーライター、新潟県魚沼市出身フランス南西部、バスク地方在住。翻訳はアディダス、アップルコンピュータ、マイクロソフト、スターバックスなど、マーケティングや広告分野をひろくカバー。ポピュラーサイエンス、朝日新聞、ウェブコミュニティマガジン「greenz.jp(グリーンズ)」にも寄稿中。一歩上の英語を身につけ成功を手にする『パワーアップイングリッシュ』 の日本語訳担当。訳書に『トロールと奇跡の指輪』『創造のアトラス』等。