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産後の無理は早期回復につながる?(ブラジル・リオデジャネイロ)
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     『世界の出産』
    文:高橋直子(ブラジル・リオデジャネイロ)


     ブラジルは帝王切開大国だ。子どもの誕生日、星座、父親の休暇が決定でき、痛みがない!というのが帝王切開賛成派の意見。また医師にとっても、手術代が入り、短時間で済み、明け方起こされることもなく、決まった時間にできる帝王切開は、お手軽でお得なのだ。
     
     「自然に溢れるブラジルで、自然に生みたい」という思いから、私は、自然分娩推進派の主治医を探した。しかし願いかなわず、結局帝王切開へと移行した。我が子の首にへその緒が2重に巻き付いており、破水後も出てこなかったからだ。

     お手軽手術は15分。簡単そのもの。楽しそうに私のお腹を切り、縫い合わせるお医者さんの鼻歌は今でも忘れられない。

     そして手術後、個室に戻った私と夫。感動に浸っている2人の元へ、きれいに洗われた赤ちゃんは抱えられてやってきた。看護婦さんが私の乳房をつかんで、赤ちゃんの口に押し込む。まだ麻酔がきれず身体がうまく動かせない私。おっぱいマシーンの作動開始だ。乳房にくっついている小さな生命が、身体全体を使って一生懸命に乳を吸う姿に、夫と二人で涙した。

     手術後2時間が経過。「シャワーですよ〜」と現れた看護婦さん。聞き間違いではなかった。赤ちゃんではなく、私がシャワーを浴びるのだ。私を抱えた看護婦さんは、シャワー室でさっき切られたばかりの所をごしごし。血で真っ赤に染まるシャワー室のタイルを、ぼんやり眺めるのが精一杯だった。

     シャワーの後は30分の強制歩行。手術中におしゃべりをした私のお腹にはガスが一杯溜っていて、それをおならで出すのだそう。私の身体の重みに顔を引きつらせた夫に寄りかかり、がらんとした廊下でひたすら引きずられた。ちなみに、一人で立てるようになった24時間後まで、夫の筋肉トレーニングは続いたのだ。歩行訓練は、退院の日まで2時間おきに繰り返された。夜は母子同室だったが、夜中でも時間になると看護婦さんはやってきて、歩行訓練を強いたのだ。

     息子誕生後初めての食事は、油でいためた白米と豆の煮込みに牛肉のステーキ。帝王切開の一部始終に立ち会った夫は、肉など食べる気にならなかったらしくキャンセル。母乳に影響するからと、私はひたすら口を動かした。

     そして24時間後に退院許可を出しに来た主治医に、「まだ痛いんです」としがみついた。入院を一日延長してもらい、最終的に2日間病院にいたことになる。

     帝王切開であったにもかかわらず、出産から2日後には息子を抱いて自宅に戻ることができた。バージンロードを歩く花嫁のような速度だったが、自らの足で自宅に戻れたのは、無理な(?)リハビリのおかげだ。その後とどまることなく溢れた母乳も、ブラジル南部直産のステーキ肉のおかげかもしれない。


    ≪高橋直子(たかはしなおこ)/プロフィール≫
    ブラジル在住7年目のフォトグラファー&ライター。若い情熱に惑わされてブラジルにはまり、まいた種は芽を出してはや4年。絵本の読み聞かせ中ポルトガル語を、息子に直されるように。ビールを片手に楽しむ議論はタブーなし。討論好きのブラジル人に混じってサンバに浸る毎日。ブログ、「VIVAカリオカ!」
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