わが町の医療事情
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    「医者に言いたいこの一言」
    文:田中ティナ(スウェーデン/エステルスンド在住)


     パキッ! と股関節にいやな痛みが走ったのは一昨年夏の午後、ジョギングのあとストレッチングしているときだった。一両日で直るだろうと様子をみたが痛みは治まらず、いよいよ病院に行こうと決心した。

     わが町の医療施設には公共と個人機関があり、主力は税金などで運営されている公共医療機関。県によって異なるが初診料として140クローナ(約2500円)支払うと診療システムに組み込まれ、その後、莫大な費用はかからない。

     「熱っぽくって頭痛がする」、「足首をひねった」といった軽症者が専門医療機関に押しかけ、高度な治療を必要としている人々や救急患者の診療を妨げないようにと、体の異変を感じたときには、専門機関に駆けつけるのではなく、まず、自分が所属する地区診療所(住所によって割り当てられている)に電話で診療時間を予約するシステムになっている。

     さて、電話予約だが受付時間はウィークデーの午前と午後各1時間のみ。だからかければお話中で、やっとつながったかと思うと、当日、診療予約時間がとれるのは至難の業。ほぼ2、3日待ちというのが現状だ。

     地域診療所で私を診察してくれた医師は、専門医になる前の研修医だった。症状、過去の病歴や薬のアレルギーなど基本的な問診後、診察し専門医師の診断や詳しい検査が必要だと診断すると、これからの治療ステップを説明してくれた。

     「医学療法士とリハビリのトレーニングができるように手配して、その指示書を郵送しますから連絡を待ってくださいね。お大事に」と、にこやかに送り出されて帰宅。
     ところが、待てど暮らせど連絡がこない。痛みもひかず、不安も増してきた。催促の電話をかけると、事務手続きの不備があったらしく、さらに一カ月ほどして、ようやく約束の指示書が送られてきた。

     指示に従ってトレーニングジムの医学療法士を訪ね、今までの経過を説明すると、「骨が損傷していないか確認してからリハビリを始めましょう」と、とても丁寧に今後の方針を説明し、その場で、ジムが契約している個人的な医療機関を通じて総合病院にレントゲン撮影の手配をしてくれた。撮影したレントゲンを元に個人医療機関で医師の診断を受け、骨に異常がないことが確認できたのは、ジムを訪れてから1週間もかからなかった。
     
     緊急時は別だが心臓病、白内障、股関節などの手術は、通常、長い間順番を待つ。また、婦人科など定期健診の結果報告は、異常がなければ連絡はない。事務的な手間がはぶけて無駄はないが、「一言『異常ありませんでしたよ』と聞ければ安心できるだろうな」、と思うのは私だけだろうか?

     このように、公共と個人の医療機関での患者への対応の差は歴然だ。
     こうした現実の原因に、公共機関は医療設備、医者や看護婦などの慢性的予算不足と人材不足を理由に挙げる。また、設備の充実した大規模な病院は予算の潤沢な大都市に集中する傾向もあり、さらに、地域ごとに独立採算制だから人口の少ない地方の町に大病院がつくられることほぼはない。

     先日テレビを見ていたら、高等教育担当大臣が「国民の健康を守るために医師や看護師を育てる教育機関の整備は重要課題」と発言していた。が、近年、デンマーク、ポーランドやハンガリーに医者の勉強に留学するスウェーデン人が増加しているという事実がある。デンマークではスウェーデンと同じように教育費は自己負担なし。自国で勉強したいと思ってもそのチャンスがあまりにも少ないため、外国で勉強し、母国に帰ってスペシャリストとして仕事をするドクターたちが増えているのだ。

     病気や怪我のときには、体の不調とともに心の不安もつのるもの。
     お金がない、人材不足だから必要なケアが必要なときに受けることができないという悪循環が、一日も早く終わりになるように期待している。


    ≪田中ティナ/プロフィール≫
    エイビーロードのホームページでスウェーデン情報を発信中。この夏は19世に建ったサマーハウスの改築を計画している。2010年バンクーバーオリンピックもフリースタイルのジャッジとして協力予定。真剣勝負に挑む選手の演技に負けないように、ジャッジング技術の向上に努めることを決意。


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    ドクターはいずこ?
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      「医者に言いたいこの一言」
      文:郷らむなほみ(カナダ・オンタリオ州在住)


       カナダに越して以来、戸惑うことは数々あれど、私が一番驚いたのは医療事情だろうか。ファミリードクターに登録しなさいと言われたものの、近所のクリニックは患者数が多過ぎて受け付けてもらえない。仕方なく、隣村の診療所に連絡したら、「ウエイティングリストの4番目で良ければ」ということで仮登録。これじゃあ誰か殺さないことには順番が来ないね……と、夫が笑えないジョークを飛ばした。かつて、アラビア半島でやたらカナダ人のナースやドクターが多い気がしたが、あの人たちは自国を捨て、給料非課税の国へ出稼ぎに行っているのだと知った。

       思えば、日本に居た頃は、年に一度の無料誕生月検診があった。申し込みを忘れると、保健所から連絡が来る。病気は予防が肝心ということか。体調を崩せば、国公立、私立、たくさんの病医院が待っているではないか。月々の保険料を支払い、更に自己負担金が要るものの、こちらの選択で好きな医者に診てもらえるのは、素晴らしい患者の権利に違いない。

       2月下旬、我が町にもようやく新しい診療所が出来て、新患登録をしてくれることになった。越して来てから、既に半年が経つ。決められた日時に、電話のみでの受け付けだ。その日はまるで、有名歌手のコンサートチケットを予約するがごとく、ずーっと電話をかけっぱなし。2時間もリダイヤルのボタンを押し続けた。

       指定された初診日は、5月。電話登録から3ヵ月後だ。子宮内の細胞採取が必要なのだが、タイミングが悪いことに、ツキノモノにあたってしまった。じゃあ次回、と言われて取れた予約は9月。移住前、年に数度は検診をときつく言われた私、仮に癌細胞が出来ていたら、次の診察までにどれほど増えるのだろうかと頭が痛い。

       先月、夫の母が膝の手術をした。80歳を超えている彼女、手術の順番待ちが約2年。それだけ医師の数が少ない証拠なのか、待ってる間に亡くなってくれたらめっけもの、という政府の方針なのか。お金に余裕のある人たちは、国境を南下して米国で治療を受けるのだというが、年金生活者の両親にそんな余裕があるはずもない。幸い、手術で得たチタン製の人工骨頭は、頗る調子が良いらしい。入院7日間のうち、手術も検査も、部屋も食事も投薬も、そしてリハビリ指導までが、全て無料。病院には「会計」という窓口がないらしい。さすがに、高い税金を徴収しているだけのことはある。

       しかし、重病患者に優しく、それ以外に厳しいというのが私の印象だ。人々は通常、具合が悪くなると市販の薬を買って飲む。全て自己責任。そんな現実を見ると、カナダの医療は予防より治療に重きを置いているという、日本とは逆の方向性が見えてくる。相変わらず高齢者は増え続け、より高度の手術、高額な部品・機材が必要とされているのに、医療費はどこから捻出されるのだろうか……。


      ≪郷らむなほみ (ごうはむなおみ)/プロフィール≫
      フリーランスライターで海外転勤族の妻。カナダ人と結婚したものの、アジアたらい回し赴任の末に、2007年秋からやっとカナダで暮らすことになった。苦節17年、ようやくオタワ郊外に居を構えたのは良いが、抱いていたイメージとはかけ離れた日々に苦悩中。カナダは甘くない!
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