どうして本名を名乗れないの?(1)
2008.06.25 Wednesday | by chikyumaruz
文:パッハー眞理(ウィーン・オーストリア)
私がウィーンで産声をあげた50年代の後半、音楽留学生はほんの一握り。原子力機関の家族たち、大使館関係の人たちしかいなかった。
両親は日本人的な名前で、大学のクラスメートからきちんと呼んでもらえなかった。母は清子。父は菊夫。キヨコ? とヨに変なアクセントをつけて呼ばれた。
それすら舌がもつれてリューマチをおこしかねないからと「キッキ」という愛称をつけられてしまった。名前では苦労したので、ウィーン生まれの娘には国際的な名前をつけようと、Maryにした。だから出生証明書にはそう表記されている。
3年後、両親と東京へ戻ることになった。
さあ、住民票を東京へ移そうという話になって、私の名前がアメリカ人的な名前なので問題が生じてしまった。
「こんな外人の名前をつけることはわが国で認められていません」とのことだった。慌てて母は父に相談して、メアリーと似たようなマリにすることにした。その時に漢字ではどう書きますか? と聞かれてとっさに「眞理」に決めたという。それが将来外国に住んでいく私にとってどんなに迷惑なことかお役所も、両親すら知る由もなかったのだが……。
「眞理」という名前に生まれ変わって生活するにあたり、パスポートもMariになってしまった。そうするとオーストリアでヴィザを取るときに困った事態が起きる。出生証明書にはMary となっている。でもパスポートはMari。ではこの人物は誰? と重箱の隅をつつくほどうるさい役所は考えるわけで、大使館で事情を話し私は名前変更の経過をドイツ語の書類にしてもらった。
さすがに今の日本ではこんな事はないと思う。国籍色豊かな名前が次々誕生していて、受理されているのだから、それだけ時代とともにお役所の頭も緩和したのだろうか?
先日も、日本のパスポートの名前をMariからMaryに書き直したいと申し出たが、妙な顔をされて、
「書き直しにはお金がかかりますよ。それほどまでして書き直したいですか?」
と言われてしまいスゴスゴ引き下がった。パスポートをもとに作られるオーストリアの運転免許証もMari になっている。しかし仕事上の身分証明書にはMaryで登録されている。地元の人は当然そのスペル通りに「メアリー」と呼ぶが、日本人は皆「まりさん」という。ああ、ややこしい!
本名を名乗れる日は一体いつ来るのだろうか?
≪パッハー眞理/プロフィール≫
山羊座で0型。ウィーンで生まれロンドンでピアノの修行をした。
珈琲が大好きなライター。最近はスリランカのレシピをゲットして色々料理を楽しんでいる。美術館が憩いの場だ。美術品は下手な音を出さないのが気に入っている。大学生の一男一女の母親でもある。