中国の少数民族・ミャオ族の衣装
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    「世界の民族衣装」
    文・写真:平林豊子(日本・東京在住)


     中国には、政府が認定しているだけでも55の少数民族がいるとされている。それぞれに独自の民族衣装を持っているが、とりわけ素晴らしいのがミャオ族だ。手織りの布に施された藍染やろうけつ染めに、細やかにステッチされた華やかな刺繍……。見ているだけでも女心をくすぐられる、わくわくするような衣装だ。

    市場で出会ったミャオ族の女性たち
    市場で出会ったミャオ族の女性たち

    山の上の小さな村で女性に着てもらった盛装
    山の上の小さな村で女性に着てもらった盛装

     さらにミャオの中でも200以上の衣装があるとされており、ピンクやオレンジを多用したかわいらしい衣装から黒や紺をベースに銀の装飾品をあしらったしぶいものまでバリエーションも豊富。80を過ぎたおばあさんが、よく使い込まれた刺繍のミニスカートを着ている光景は何とも愛らしく、民族の誇りを感じさせる。

    濃紺を基調にしたシックな衣装。山奥の村では若い女性も刺繍をする
    濃紺を基調にしたシックな衣装。山奥の村では若い女性も刺繍をする

     今は近代化が進み、祭りのとき以外はジーパンにTシャツというスタイルの少数民族も多い。年配の女性は刺繍ができるが、普段から民族衣装を着ていない若い子たちのほとんどはその技術を受け継いでいないのが残念だ。既製品も多く出回るようになり、昔ながらの手作りの良さは急速に消えていこうとしている。
    キラキラと光る既製品の服も多く出回っている
    キラキラと光る既製品の服も多く出回っている


     山奥の小さな村でも携帯電話を持つ人がいる昨今。急激な近代化で、民族衣装も日常からたちまち消えてしまうのだろう。日々の暮らしから着物を捨ててしまった日本人の私がいうのも何だが、それはあまりにも惜しい。その衣装と文化を後世に伝えるべく、ミャオ族の衣装に関する本を制作する予定である。

    子ども用の盛装の帽子。ミャオ族は銀飾りも多用する
    子ども用の盛装の帽子。ミャオ族は銀飾りも多用する

    80歳を超えたミャオ族のおじいさん
    80歳を超えたミャオ族のおじいさん


    ※ミャオ族……ミャオ族という名称に馴染みのない方でも、「モン族」という名前なら聞いたことがあるかもしれない。これはミャオ族の自称であり、さらにタイやラオスなどの東南アジアにおけるミャオ族の自称&他称である。

    ≪平林豊子(ひらばやしとよこ)/プロフィール≫
    旅するライター&エディター。2008年4月に出版した『着こなせ!アジアンファッション WE LOVE ASIAN FASHION』(ダイヤモンド社地球の歩き方BOOKS)が早くも増刷され、好評を博している。

    着こなせ!アジアンファッション(WE LOVE ASIAN FASHION) (地球の歩き方Books)
    着こなせ!アジアンファッション(WE LOVE ASIAN FASHION) (地球の歩き方Books)
    平林 豊子

    カテゴリ:『世界の民族衣装』 | 00:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    インドの民族衣装
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      「世界の民族衣装」
      文・写真:冬野花 (インド・ニューデリー在住)

      特別な場合以外は、サリーは既婚女性の着るものです
      特別な場合以外は、サリーは既婚女性の着るものです

       インドの民族衣装といえば、言わずと知れたサリーがある。何といっても、いまだに人々が普段から着ているということが特徴。インド人がことさら保守的で、伝統の生活を変えることを好まないのもさることながら、やはり一番の理由は、その着やすさによるところが大きいと思われる。

      普段からサリーを着ている女性は、めったに洋服は着ません
      普段からサリーを着ている女性は、めったに洋服は着ません

       細かい部分を見れば、補強のためにスソの部分だけ布をダブルに縫い付けてあったりするのだが、基本的にはサリーは、どこにも縫い目のない、5メートル〜8メートルの長さの1枚布なのだ。それを独特の着付け方で体に巻くようにして着る仕組みだ。よって、糸杉のように細い人から、インド人のおばさんによくいるゴムマリのような人まで、体型をいっさい選ばない。妊娠しても、歳とって太ってもなんのそのだ。ベランダから、何メートルもある巨大な布が舞っているのを見ても、初めて見た人にはそれが干されたサリーであることはわからないだろう。

      パーティー用のサリー
      パーティー用のサリー

       サリーの質はピンキリで、安ければ800円程度だが、高いものは100万円以上もする。一般的な中流家庭の女性でも、十数万円の晴れ着用サリーを数枚は持っているものらしい。サリーは女性の財産でもあるのだ。高級なサリーは親から子へ受け継がれていく場合も多いのだが、その時にサリーは、サイズを選ばないという利点を大いに発揮する。たった1枚の布であるがゆえ、体型や流行のシェイプに左右されずに、世代にわたって大事にされていくわけだ。サリーは、着古されてボロボロになる以外には、捨てられる理由のない、とってもエコな衣装なのである。

      ボロボロになったサリーは、こんな風にシャツにも再利用
      ボロボロになったサリーは、こんな風にシャツにも再利用

      スソを腰のところから、ヒラヒラ出して着るのは、スリランカスタイル
      スソを腰のところから、ヒラヒラ出して着るのは、スリランカスタイル

       また、地域や時代のトレンドによって、着付け方がいろいろあるのが面白い。ひだの取り方や、最後の数メートルをどちらの肩に回すか、などいろいろだ。もちろん、テキスタイルのデザインには流行があり、女性誌のデザイナーズサリー特集などは、見ていて飽きない。最新情報では、グッチがインドの民族衣装市場に参入するらしく、楽しみである。

      ≪冬野花 (ふゆのはな)/プロフィール≫
      2004年夏よりニューデリーに単身在住。ヒンディー語をしゃべりながら暮らす。フリーライターとして活動しながら時間を見つけてはインド国内旅行をする日々。夏は最も魅せられているヒマラヤ方面、冬はポルトガル植民地時代の面影が残るゴアがお気に入り。ホームページ
      カテゴリ:『世界の民族衣装』 | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      サモアンファッションはとってもカジュアル
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        「世界の民族衣装」
        文・写真:椰子ノ木やほい (アメリカ合衆国・ミシガン州在住)

         南太平洋に浮かぶ小国サモアは、1962年に太平洋島嶼国の中ではいちばんに独立を果たした国だ。サモアの人々はサモアをポリネシアの中心と信じ、自国に対する誇りはなかなかのもの。それだけに伝統を重んじる気持ちは強いようだ。

         そんななか、服装はというと気候が常夏だけにかなりカジュアルといえる。なんの前知識もなくはじめてサモアの空港に降りたったときの衝撃は今でもはっきりと覚えている。送迎でごったがえす空港にいた人々の身なりはあまりに南国的というか、くつろいでいるというかラフだった。日本の様相と対比して呆然としてしまった。

         なにしろ、見かける人々のほとんどは男性は腰に布を巻きつけているだけで足元は裸足かゴム草履。女性はさすがに上半身が裸ということはないにしても、Tシャツを着てやはり腰に布を巻いているだけだ。空港にお客人を迎えに来るスタイルがこれなのだ。もちろん、日本に「十二単」があるように、サモアにだって古来からの伝統的天然素材を用いた、それに匹敵するような衣装もあるにはあるが、現代では儀式用にしか使われないのでここでは現代の衣装を紹介する。

        サモアの人々の普段着はラバラバにTシャツ

         腰に布を巻くこのスタイルをサモアではラバラバ(lavalava)と呼ぶ。サモア語でイエ・ソロソロと呼ばれるコットン生地を無造作に巻くこのラバラバスタイルは、男女とも愛用し普段着として扱われる。

        高校で先生をしている人たちの服装

         日本でいう「スーツ姿にネクタイ着用、足元は革靴」に代わるサモアの男性のスタイルは、無地の布で仕立ててある、イエ・ファイタガと呼ばれるポケット付き巻きスカートで、襟のあるシャツと組み合わせれば正装として通用する。この場合も足元はゴム草履でかまわないのがご愛嬌だ。女性は南国らしい色、模様のコットン生地で作った“プレタシ”と呼ばれるツーピース姿が一般的な正装だ。

         赤道に近い国サモアの暑さは半端ではない。汗ばんだ衣類を放置すると、高温多湿のため、またたく間に服にカビが生えてしまう。毎日の洗濯は必須というわりに、庶民の家庭に洗濯機は普及していない。薄い生地1枚で作られるこれらの衣装は手洗い洗濯も簡単で風土にあった衣装といえるのだろう。

        ある高校のサモアンカルチャーデー。グループで同じ布を買えばおそろいのユニフォームも簡単にできる。
        ある高校のサモアンカルチャーデー。グループで同じ布を買えばおそろいのユニフォームも簡単にできる。


         
        ≪椰子ノ木やほい/プロフィール≫
        サモアに住んでいた頃は、毎日ラバラバを愛用していた。上衣はTシャツ、下半身はスカートやジーンズの代わりに薄い綿生地を腰に巻きつけるだけ。ラバラバを巻くと南国に住んでいることを実感できて心地よかった。その日の気分で生地の柄を選びそれなりにおしゃれもできた。夫はミシガンで暮らす今でも、夏になるとパジャマの代わりにラバラバを愛用している。
        HP「ぼへみあん・ぐらふぃてぃ」 ブログ「みしがんでぃず」
        カテゴリ:『世界の民族衣装』 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        グアテマラは民族衣装の宝庫
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          「世界の民族衣装」
          文・写真:白石光代


           中米に位置するグアテマラには、日本の1/3ほどの国土に、日本の人口の約1/10の人が住んでいる。半数以上がマヤ文明を築いたマヤの人々の子孫。1500年以上たった現在も、当時と同じようにトウモロコシを植え主食とし、同じ方法で織った織物を仕立てて民族衣装としている。

          織物をするおばあちゃん

           グアテマラを訪れた人がまず目をうばわれるのは、真っ青な空と色鮮やかな民族衣装。グアテマラには150種類を越える民族衣装があるといわれている。それぞれの村で模様、スタイルがことなるため、グアテマラのどこにいても「彼女はソロラの人」「あの人はシェラから来たんだ」など住んでいる場所が分るのだ。

          グアテマラは民族衣装の宝庫

           女性の民族衣装は上着であるウイピルと巻きスカートのようなコルテに分けられる。コルテは男性が足踏み式の機織機で織る。ウイピルは女性が昔ながらの後帯機織りで織る。織物は母から娘へと引き継がれ続けている大切な伝統文化。グアテマラ高地では、おばあちゃん、お母さん、そして娘たちが、一緒に庭先で織物をする姿を見かけることができる。

           その村に生まれ、そこに伝わる民族衣装をまとい、そこで生き、そこで死ぬ。そして最後まで自分の村の民族衣装をまとい続ける。民族衣装は彼らの誇りであり、自分自身、コミュニティーの象徴でもあるのだ。どの村に行っても民族衣装の美しさにため息が出てしまう。

          グアテマラは民族衣装の宝庫


           グアテマラも世界の国々と同様、近代化の波におされ少しずつ民族衣装がすたれてきている。けれどグアテマラがグアテマラであるために、この虹色の民族衣装は存在していなくてはならないものだと思う。大切に大切に守り続けて欲しいと願わずにはいられない。

          おばあちゃんの服かわいいい柄

           私もソロラのおばあちゃんに織物を習っている。なかなか上達しないのだけれど、いつかは民族衣装を織りたい。

          ≪白石光代(しらいしみつよ)/プロフィール≫
          中米の国グアテマラで、観光ガイドとして暮らす毎日。「僕たちよりグアテマラを知ってるね」と言うグアテマラの友人たち。「よかった。また来たいわ」最後空港でのお客様の言葉は、グアテマラが褒められているようで、私まで嬉しくなるのです。ホームページブログ
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