パリ、1月、真冬の路上で芽生える恋
2008.01.25 Friday | by chikyumaruz
文・写真:夏樹(フランス・パリ在住)
フランスでは、この1月1日から、バーやレストラン内での喫煙が禁止されるようになった。15年程前、駅構内や仕事場が禁煙になって以来の、厳しいお達しだ。
最近、フランス映画50年代の名作、ゴダールの『勝手にしやがれ』を、20年ぶりに見た。学生時代、夢中になって見た映画だ。ジャン・ポール・ベルモンドのタラコ唇からだらりとぶらさがるタバコの煙で、画面が煙っていた。そう、あの頃見た映画で、タバコをくわえていないスターなんていなかったのだ。彼らが両切りの太いジタン(写真参照)を箱から出すときの手つき、火を点けるときに撓う(しなう)うなじ、そんなすべてが、私にとっては「憧れのおフランス」だった。
「タバコを吸えば大人の女になれる」と勘違いしていた私も、その頃は、かなりのチェーンスモーカーだった。禁煙に踏み切ったのは、その後、育児をするようになってからだ。時を同じくして、フランス政府は禁煙政策をとるようになり、映画の中でも、タバコが小道具として使われるようなことは少なくなった。煙で霞んだような映像も時代遅れになったのか、今は、ガタガタ揺れる画面が流行っている。
昨日、友達の家に食事に行った。デザートに入る前に、ミッシェルは早々と席を立ち、コートを着込んでいる。
「もう帰るの?」と聞くと
「ううん、ちょっと吸ってくる」と言って、ポケットからタバコの箱をちらりと見せ、彼女はベランダに姿を消した。
テーブルを囲んで、たちこめる煙に煽られるようにして、口角泡を飛ばして議論することもなくなったのだ。喫煙者は、音をたてず、ひっそりと外に消える時代になった。私も、元喫煙者だ。食事のあとの一服の味が格別なのは忘れていない。わざわざ外に出て行く彼女が不憫で、声をかけた。
「でも、外に行って吸うのって、やっぱり不便じゃない? とくにこんな寒い時期に、コート着て、帽子被って、手袋はめてなんて、準備するだけで面倒だし」
「でも、楽しいこともあるのよ。昨日、バーに一杯飲みに行ったんだけど、結局、喫煙者だけ追い出されるから、グラスもって外に出て吸うわけ。そうすると、深夜の路上には、喫煙者だけの水入らずの親密さっていうのができるのよ。知らない人でも、『火ある?』っていうのが合い言葉で、すぐ、仲良くなっちゃうの。だから、この1月1日以降にタバコを縁に知り合ったカップルっていうのが多いんだって。私も別れたばっかりだから、いい男に会えたらいいなって思ってるんだ!」
真冬の深夜、零下1度に冷え込むパリ、バーの前の路上は、迫害されたマイノリティーがたむろする悲しい場所ではないらしい。それどころか、新しい恋が芽生える、とっておきの秘密クラブらしい。
≪夏樹(なつき)/プロフィール≫
フリーランスライター。在仏約20年。パリの日本人コミュニティー誌「ビズ・ビアンエートル」や日本の女性誌に執筆。